戦 争
1人の男が立っている。
周りは血の海。さっきまで人間であったと思われる肉片、
さっきまで人間だった物体が男を中心に広がっている。
なにもない荒れ果てた地に1人の男が立っている。
手に持った血で汚れた剣を支えにして。
周りには異臭の立ち込める霧が取り巻いている。屍肉(しにく)の
脂から、死んでも尚流れ出る血から、乾きかけた地面の血から。
霧は立っている男を取り込むように流れていく。
血に紅く染まった霧が。
山の中腹に城が建っている、そこからみえる広い広大な荒れ野に
1人の男が立っている。
男はただひたすら立っている。屍人(しびと)の山を見つめながら、
その濁った眼で。
紅い霧は晴れてきた。地面の血も完全に乾いた。流れ出る血も止まった。
空を見上げると太陽が輝いている、周りには多少雲がある、灰色の雲が。
大きな山の連なりのひとつの山の中腹に廃城が建っている。
その廃上から見渡せる山に囲まれた広大な荒れ野に1人の男が立っている。
男は動こうとしない。ただひたすらに屍人の山をみつめている、
濁った眼で。打ちひしがれるように。
赤い霧はもはや完全に晴れた。地面の血は黒くなっている。
流れ出た血も乾いてきた。
空を見上げると太陽が半分しかみえない、灰色の雲に隠されている。
もうすぐ雨が降り出しそうな雲。
廃城からみえる広大な荒れ野に1人の男が立っている。
血に汚れた限界のきている剣を支えにして。
乾いた血に染まっている屍人の山を見つめている、その眼で。
地面に一粒の跡がある。どうやら、水のようだ。流れ出た血は完全に乾いた。
空を見上げなくても完全に曇っていた、雨雲だ。
雷はなりそうにない雨雲だ。
荒れ野に一人の男が立っている。
血の剣を支えにして。
屍人の山が濡れてきた、雨が降っている。男は、その山を、
動くことなく見つめている、その眼で。
地面には大きな雨粒の跡が点々と荒れ野を濡らしている、黒い血がまた赤く
戻っていく。流れ出た血もまた流れ出した。
今や、雨雲は太陽を何層にもわたって隠している。一向に晴れそうにもない。
1人の男が立っている。血の剣に罅(ひび)が入った。
屍人の山が崩れた。男はそれでもその山を見ている、
雨に濡れるのも気にしないで。
地面は全て濡れた、乾いた血も元に戻った、流れ出る血は止まらない。
雨は次第に大粒になって降りそそぐ。
1人の男が立っている。血に濡れた剣が遂に折れた。
バランスを失った、男は崩れた屍の山にくずおれた。
男は起きようともしない。濁った眼で山を見ている。
地面は泥濘(ぬかるみ)始めた。流れ出る血は尽きた。
雨雲は薄くなってきた、雲が次第に流れていく。太陽の陽が少し伸びた。
1人の男が倒れている。
横にはふたつに折れた血に濡れた剣がある。
屍の山に男が倒れている、山を見ている、濁った眼で。
地面は粘土みたく濡れている、血も混じっている。流れ出た血も
地面に吸収された。
雲は完全に晴れ、沈みかけた太陽が輝いている。
1人の男が死んでいる。
濁ったその眼で何を見ている?
争いの後に何が残る?
英雄気取り?
死んだら元も子もないのに?
1人の男が死んでいる。
死んでから結構時間が経っているようだ。
少なくとも陽が昇る前には既に死んでいた。
太陽は分け隔てなく照らしている。
壊れた城も血に染まった荒野も、山も、屍さえも。
普通に生活している全てのものと一緒に。
男は何の為に戦った?
望んだものは?
勝ち残った者のいない争いは何になる?
戦争の跡地に無数の屍がころがっている。
生存者は望めそうにない。
END
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